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代表取締役 社長 大西吉則 |
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令和 7 年9月 9日 | ||||||||||||||||||||||
桑名に買い物に行った時、遠くの方で鉦の音が聞こえました。 なんとなく気になったのでそちらの方向へ向かったら、田町の交差点で祭りの山車が町内ごとに囃子たてていました。 思わず立ち止まり見入ったのですが、それは桑名石取祭でした。町内ごとに子供の多い所、女性の多い所とそれぞれ世代も 異なり見ていて面白く、一時間ほどその場所にいました。小学生が打つ太鼓と鉦、女性やご年配の方々がたたく太鼓と鉦。 各町内、次の世代に引き継ぐ為の努力がよく見えました。懐かしい光景の1つに、やかんでラッパ飲みをするおじいさん。 そして暑い中、次の世代に行事を引き継ごうとしている姿は会社経営もしかりと感じました。 帰ろうとした時、京町の山車が来たので柿安の町を見て行くかと見ていましたら、中年の方の集団が替え歌を太鼓や鉦に 合わせおまけにアルコールづけを丸だしではしゃいでいるのです。子供と母親は後ろにたたずんでいるのですが、最後まで 太鼓を打たせてもらえず中年男性達のみの山車でした。やはり老若男女、みんなで交互に盛り上げている町内には この先を考えるとかないません。石取祭りを江戸以来続けて来られたのは、町内の結束を目指したからではと改めて 本田正勝公の考えも分かった次第です。桑名は七里の渡し、伊勢神宮に向かう要所。蛤に泉鏡花で名をなした歌行灯。 豊臣秀頼亡き後、住んでいた千姫。江戸、京、伊勢といろんな意味でやっぱり要所なんだなと炎天下の元、見入った 石取祭りにいろいろな経営上の事を感じました。事業承維、じっくり考え進めなくてはと思っています。 最後、若手お父さん方は山車の引っ張りに精を出し過ぎて、山車を止めて太鼓や鉦を鳴らしている間は座り込んで休憩を していました。石取祭りは、家族の結束の場でもある様です。一度ご覧あれ!!何かを感じます。 余談ですが余程、真剣に見ていたみたいで近くの銀行の方からポカリを頂きました。笑 以上 |
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